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【アラベスク】  第12章 マジカル王子様



第4節 挑戦状にはジョーカーを添えて [3]




 乱れた呼吸に身を上下させながら、美鶴は怒ったような声を出した。
「いい加減にしてください」
 本当に怒っているようだ。
「人を馬鹿にするのもいい加減にしてください」
「馬鹿にする?」
 ハハッと乾いた声をあげる。
「そうさ、俺はお前を馬鹿にしている」
「でも、嫌いだとは言いませんでしたね」
 慎二の顔から、笑みが消えた。
「どう思っているのか、答えてはくれませんでした」
 引っ叩いた手をゆるゆると下ろし、息を吸って背筋を伸ばす。
「どうして答えてくれないんですか?」
「必要がない」
「怖いんですか?」
「怖い?」
 眉をしかめる慎二。
「怖い?」
「自分の気持ちに向かい合うのが怖いんですか?」
 自分と向かい合うのが怖い。
 霞流慎二という人物はそういう人間なのではないか? そう思い始めたのはついさっき。何度問いかけても答えを避けるような行動に、ふとそう思った。だが、霞流も本当は怖がっているのではないかという考えは、ひょっとしたらもっと前から美鶴の頭の中にあったのかもしれない。
 霞流も。そう、霞流も。
 怖い? なぜそう思うのだ? それは、自分もそうだから?

「好きなら好きな人がいるって、ちゃんと金本くん達には言った方がいいよ」

 ツバサにそう言われた。なのに美鶴は、(いま)だに言えないでいる。
 怖いのか? 何が?
 そんな美鶴の思考を、卑屈な声が無残に打ち破る。
「馬鹿な事を」
 視線も卑屈。
「俺が何を恐れる?」
「怖いんでしょう? 霞流さんは怖いんだ。自分の本当の気持ちを知るのが怖いんだ」
「ふざけるなっ」
「ふざけてませんっ!」
 両手を握り締めて叫ぶ。
「ふざけてるのは霞流さんの方でしょう? どうして答えてくれないんですか? 嫌いなら嫌いだって、はっきり言えばいいでしょう?」
 嫌いだなどとは言われたくない。嫌われたいのかと問われて、違うと答えた。
 だが、美鶴は知りたかった。
 嫌いなのなら、なぜはっきり嫌いだと言ってくれないのだ。言ってくれなければ、諦める事もできないではないか。
 女は馬鹿だと(あざけ)りながら、ならばなぜ自分を突き放してはくれない? 弄ぶような真似はするのに、嫌いだと告げる事はできないのか?
 何故?
「怖いんだ」
 美鶴は呟くように言う。
 怖いという気持ちを、美鶴は知っている。自分の気持ちに素直に従って、行動して、もしくは発言して、そうして誰かに裏切られたり嗤われたりする怖さを、美鶴は知っている。
 自分の気持ちに素直になる事は、怖い事だ。
「霞流さんは怖いんだ。自分の本心を他人に知られるのが怖いんだ」
「いい加減にしろよ」
 すっかり本性を現した慎二が、憤りを込めて唸る。
「俺が何を恐れているんだ」
 そうだ。俺に怖いものなどない。俺は何にも期待せず、何にも想いは寄せていない。だから、裏切られても弄ばれても、自分が傷つく事はない。だから何も怖くはない。そう信じてきた。
 そんな慎二に向かって、怖がっていると、恐れているとこの少女は言う。
 そんな事を言う奴は初めてだ。智論以外の人間から、自分の事などさほど理解もしていないであろう女からそのような言葉を投げられるのは、初めてだ。
 あり得ない。
 慎二は言い張る。
 自分が何かを怖がるなんて、そんな事はあり得ない。
「俺は何も怖くはない」
「じゃあ、私の事をどう思っているのか、教えてください」
「ならば、お前は俺の事をどう思っている? 言ってみろ」
 慎二の言葉に、美鶴は憮然と切り替す。
「それは前に言いました」
 同じ言葉を二度も言わせるのか。羞恥や不安の渦巻く胸中に勇気を奮い立たせて伝えた言葉を、もう一度言えと言うのか。
「前に、伝えたはずです」
 できれば二度も言いたくはない。それもこんな場所で軽々しく口にしたくはないという思いで言う。
 だが、そんな美鶴の態度に慎二が笑う。
「戯言などは聞きたくない」
 戯言。
 絶句する相手に慎二が嬉しそうに唇を舐める。
「そうさ。好きだなんて戯言は、聞きたくはない」
「戯言って、何ですか?」
「戯言ではなければ何だ? そもそも、お前は俺の何が好きなのだ? どこが好きなのだ? 俺の事など大して知りもしないくせに」
「それはっ」
 痛いところを突かれ言葉に詰まる。だが、ここで言い負かされるわけにはいかない。必死に頭を回転させる。
「それは、霞流さんが見せてくれないからでしょう?」
「何?」
「霞流さんが本当の霞流さんを見せてくれないから、だから知ることができないんです」
「見せたところで、見ようとはしない」
「そんな事、わからないじゃないですか」
 なんだか、だんだん腹が立ってくる。







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